しさくろく

試作録、思索録、詩作録、…etc

どっちでもいい

「洋食にしようか和食にしようか」「どっちでもいい」

どっちでもいいって答えられると若干戸惑う。

けど、人生の大抵のことってどっちでもいい。

大丈夫とか、安心してとか

どちらでも良いというのは、選択肢が残されていて素晴らしいと自分は思うのだけれど、さっきのシチュエーションだと、決めかねて迷っているのに選択を放棄されたのだからそりゃ困る。

そういうのも含めて、人間って、どちらでもいいと言われると確かに不安になるもの。

だからこそどちらでもいいときは、誰かがどっちかに決めてくれたり、「大丈夫」とか、「安心して」と言われる方がまだ安心する。

でもそれって結局事実は変わらない。

無関心

どちらでもいいっていうのは、無関心にも聞こえるからイライラするのだと思う。好きの反対は嫌い、嫌いの反対は好きと言われるように、好きでも嫌いでも関心があることには変わりなく、無関心というのが一番悲しいもの。

でも、大抵のことってどうでもいいよね。

さっきの話を逆に捉えれば、大丈夫なこと、安心なことって大抵どうでもいいこと。

どうでもいいっていう響きがなんとなく悪いだけで、ほぼすべての物事は左右上下どっちにでも転ぶのだから、どちらでもよい。

どちらでも良いということは、安心して良いということ。

迷っても迷わなくても

どちらにするか迷ったとき、選択しなければいけないとき、プレッシャーに駆られたりするけれど、時々このことを思い出して少しホッと一息。

切羽詰まってどうしてもやらなければならない、腹をくくるしかない、諦めの境地、そんなときはもう迷いすらないのだから、ある意味安心。

迷いがあってどちらにするか困るとき、そんなときはどちらにでもできるのだから安心。

こう思うと、ちょっと安心。