ACTH分泌不全症 闘病記 (4): 外出恐怖との戦い

久しぶりの闘病記。(毎回注釈を書くのだけれど、以下あくまで個人的な症状の記録で、個人差が大きいので注意。特に対処法は医師とご相談を。)

久々の心機一転、引っ越し。

4月から新しい場所に引っ越したのだけれど、引っ越し自体10年振りで、いま記事を書いているパソコンもようやく荷ほどきしたばかりで、ネットに繋ぎたくてもアダプタ等々が見つからず、結局VSCodeでローカルに書いている有様。

そもそも引っ越ししようと決意したのは、転職が大きいきっかけではあったのだけれど、近年のリモート主体の働き方もあって実は一応前のところに住み続けることもできた。けれど今回は職場近くでありながら自然に囲まれている、久々に引っ越してみたい場所を見つけることができたので、10年ぶりに思い切って引っ越すことにした。

大きな引っ越しというのは正直学生時代以来のことで、それまでは闘病のために田舎に帰ったり(また都市部に働きに戻ってきたり)といったことはあったものの、新しい場所に引っ越すというのは本当に久しぶりのことで正直戸惑いを隠せない。

とはいえ比較的近距離の引っ越しであることもあり、タイトルと反して最初の2週間くらいは新しい場所にとても親近感が湧いて、たくさんの発見や驚きがあってとても楽しく過ごした。

持病の下垂体前葉機能低下症(によるACTH欠損からくる副腎不全)もあり、買い物や外出はあまり得意ではないのだけど、引っ越しに伴う買い出しや移動は家族や業者さんの支えもあって特に不便なく行えた。

外出時の発作の不安

ただ、ゴールデンウィーク間際になってやはり無理がたたって、かなりだるい日が増えたため、休み中はコートリル錠を増量してゆっくり回復に努めたのだけれど、一度仕事のため自転車で出勤しようとしたときに強い不安症状と瞬間的な思考力低下と脱力感(あとで考えると軽い低血糖症状?)があったため、その時は事なきを得たものの、数日強い外出不安に襲われた。

毎年冬場にまれに似たような症状が起こって、その度に数日、回復のためもあって引きこもったり、少しずつ様子を見ながら外出したり買い物したりして回復期を乗り越えていく。だけれど、こればかりは何回経験しても怖いもので、どんなに数日前まで元気で過ごしていようが関係なく、一種のフラッシュバック的な恐怖感に苛まれる。

どんなときに起こりやすいかは決まっていて、やはりだるさが直前数日間続いていて、日によっては既にコートリル錠を増やしていて、それでもだるくて渋々外出をするとこうなる。いざ書き出すと低血糖発作の一種のようにも思うのだけれど、いざ症状が出るとパニクるのと、回復期でだるいのもあって難を逃れるとなかなか病院に行こうという気が起きず、よほどヤバいときを除いてはたいてい後日談として主治医の先生には後から話すことになってしまうので、結局理由はわからずじまいになることが多い。

さらに厄介なことには、実際の症状がないときでも、似た環境とだるさなどの身体要因が重なると、フラッシュバックから似たような発作が起こることがあり、一種のパニック障害のようになってしまっているのが本当にたちが悪い。

恐怖感を克服すべきなのかどうか

上に書いたような症状は、一年を通して考えると非常に少なくて、基本的にだるい日は無理をしないで休むようにしているし、服薬量も制御するので難を逃れることが多い。けれど、やはりどうしても避けることができない予定や買い物があったりするし、仕事で忙しいと服薬コントロールが散漫になることがあるので、こうした一種の発作的なことがやはり稀に起こる。

もう服薬を開始して何年も経って、徐々にノウハウは溜まってきているものの、どうしてもこの恐怖感だけは克服することができない。そもそも、自分の場合は正直大半が恐怖心からくる不安症状だと思っているのだけれど、上に書いたように稀に本当に低血糖症状のような発作が起こるため、完全に恐怖心を消すというわけには行かない。

このブログの闘病記も、正直難病という治らない病気に対して毎日服薬制御だけで日々を普通に過ごしている人間が書き残すのも最初はおこがましい気もしていたのだけれど、唯一闘病らしい部分といえば、やはりこの恐怖心との戦いだと思う。

3ヶ月に1回きちんと大学病院で定期検査を受けているとはいえ、3ヶ月というのは思いのほか長いし、間に何かあったときは短くするのだけれど、何かあったときに連絡を入れるエネルギー(病院の受付で何回も説明したり)や、通院の負担を考えると自然と通院回数を減らしたいというバイアスが働いてしまって、案外のその間は悩みながら対処して医師には後日談になってしまうことが多々ある。

特にこうした心理的な不安はなかなか相談しづらく、実は一度主治医ではない普通の心療内科に相談したこともあったのだけれど、特殊な病気ということで実質診療を断られてしまった。これもあって次回こそは主治医のところの心療内科にと思うのだけれど、そもそも日によっては複数の科に行くこともあるし、通院時間、待ち時間を考えてしまい、また後日談として話すときは喉元過ぎれば熱さを忘れるというのもあり、言い出せずじまいになってしまう。

もちろん、服薬とかを抜きにした単なるカウンセリングとか、そういうものを別途受けるという手はあると思う。だけれど、結局自分自身は毎回この外出恐怖を克服できずに、例えば遠方に行ったりすることは極力控えたり、仕事の出張は極力断ったりしてしまう。

恐怖感って、必要だからこそ身体が発しているのだと思っていて、過剰な不安や恐怖による萎縮もよくないとは思うのだけれど、完全に無鉄砲に行動するのも他人に迷惑をかけてしまうことになるので、難しい塩梅だなと常日頃思う。

調子の良いときは普通に生活できて、一時的にであれば多少無理することも可能だし、一年の大半は自分自身も病気のことを忘れて生活することができるのだけれど、こうやってたまに否応なく持病を自覚することがあり、極端なときにはまるで薬に人生を制御されているような錯覚に陥ることもあるのが、この病気のなかなか難しいところだなと思う。

結局のところ、毎日いかに自分の身体の状態をチェックして、いざというときに対処できる備えをして安心感を持ちつつ過ごすのが良いと思うのだけれど、この部分は自分自身、未だ答えを見つけることができていない部分でもある。

過度な運動をしないで健康を保つ難しさもあるし、できないことが多くても幸福感を保つ難しさもある。自分はそれに対してマインドフルネスなどをうまく活用して少しずつ乗り越えてきているつもりではあるけれど、失敗するたびに自信がなくなるので、多分今後もこうして一進一退しながら何事も上手になっていくのかもしれないと思う。