しさくろく

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トマス・J・レナード『selfish』 ー コーチングのバイブルにして、マインドフルネスをビジネスに応用する好例

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約2ヶ月前に読んだ本だけど、自分はこの本を何回も繰り返し読み直していて、そのたびにコロナショックに入ってからの自分の大切な行動指針になっていると感じているので、改めて今回、本書を読んだ感想をまとめてみることにした。

(ちなみに完全に蛇足だけれど、Amazonのリンクを見やすい埋め込みカードにしてくれるサービス『Amazlet』は、2020/3/9で終了しちゃったのか…。長年愛用してたので残念。)

「自分本位」、「わがまま」という言葉の再定義

さて、この本について書くには、「selfish」「自分本位」という言葉についての定義や印象について、ちょっと考え方を変えないといけない。

一見この本のタイトルだけを見ると、なんだか非常にネガティブな印象をうける。そのことについては本書でも冒頭に述べられていて、本書でいう自分本位というのはあくまで、「自分本位であること」や、「主体的であること」というそのことの大切さがピックアップされている。つまり、他人の不利益を無視してまで我を通すことではなく、他人に振り回されることなくあくまで自分を中心に決断することの大切さが書かれている。

ちなみにこの本は訳書で、原題は「The Portable Coach - 28 Sure Fire Strategies for Business And Personal Success」(ザ・ポータブル・コーチ ー ビジネスと個人における成功への28の確実な戦略 1)となっている。あくまで原著者であるトマス・J・レナードが、史上初めてコーチングをビジネスにしたコーチングの第一人者として、ビジネスや人生においての28の重要な戦略について述べた本だ。約500ページという分量があり、『7つの習慣』のように辞書的な性質を持っている本でもある。

この本に『Selfish』という題を付けているのは、日本語訳である本書のオリジナリティだと思う。このSelfishというキーワードは、28の戦略の一番最初の1つである、「Become Incredibly Selfish」(信じられないくらい自分本位になれ)からとったタイトルあり、実は28のうちのたった1つの戦略に過ぎない。けれどこの「自分本位」というキーワードは全体を通して重要視されていて、とても的を得たタイトルだと思う。

自分は、この著者がこの本を通じて訴えている内容は、非常にマインドフルネスに通じるものがあると感じた。未来や過去のことを直接考えるのではなく、今この瞬間を大切に生きることを通して未来や過去を感じることや、自分を中心にしながらも、周りのことには常に気を配り、顧客満足のためにはとことん商品をオーダーメイドして販売する、といったこと。一方で、自分や自分の商品の魅力について押し売りするのではなく、あくまで「真空状態を作って引き寄せる」ことなど、本当に多くのことがマインドフルネスの哲学と通じるものがあり、かつそれをビジネス応用する方法を述べている点で、個人的にはとても貴重な本だと思う。

約束を控える、TODOを作らないなど、面白い発想の数々

前述の通り、この本にはコーチングの経験から得た、ビジネスや人生においての28の重要な戦略についてまとめた本で、500ページと結構な分量がある。さらには28の各戦略についてそれぞれ10の方法論が書かれているので、それだけでもざっと約300の方法論が書かれている本ということになる。

なので、必ずしもすべての項目が自分の共感できる戦略ではなかったけれど、その中にはいくつか興味深い戦略があって、「約束を控える」や、「いっさい大目にみない」といった戦略は自分にとってとても興味深かった。例えば「約束を控える」というのは、本書によると、過度な約束をすることで相手に自分のことを期待させると実際にできたもののクオリティが低いときに印象が悪い、ということの裏返しであり、あまり約束をしないことで、実際にできたものが高いクオリティであれば相手は非常に喜んでくれる、という逆転の発想だった。本書にはこうした画期的なアイディアが多数詰まっている。

特に本書の優れた点は、きちんと各章のはじめに言葉の定義が厳密に書かれていること。特に誤解を生みやすいような「自分本位」といった言葉について、原著の英語を引用しつつ、複数の言葉の対比を例に出して(例えば「ニーズ(NEEDS) vs 欲求(WANTS)」)、言葉のバランスやニュアンスがつかみやすいようにしてある点が、非常に分かりやすい。

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蛇足かもしれないけれど、言葉の定義がしっかりしている本というのは、技術書にしても哲学書にしても数学書にしても、良い本だと思う。最近は細かな言葉の定義はネットですぐ調べられる時代になっているので、特に固有名詞等については定義を書かなくても大丈夫な時代になっているとは思うけれど、この本のように、ある章を通じて使われている重要な言葉のニュアンスを、予めきちんと定義してあるというのはすごく良いと思った。

このように、28の様々な目線での戦略について毎回きちんと言葉の定義をしつつ、はっきりとした分かりやすい言葉でまとめてあり、その考え方に触れるなかで、筆者のコーチングに対する考え方を吸収できる本になっている。

本書はあくまでビジネス書でありながらも、所々に著者の自伝的なストーリーが散りばめられていて、その生き様を垣間見ることができる。それもこの本の小さな楽しみの一つだと思う。

マインドフルネスとの共通点が多数

自分はこの本に、「マインドフルネスをビジネスに応用する好例」をいくつも見出した。実際、エピローグの一番最後のページに禅の精神について触れられていることからも、作者は多少なりマインドフルネスを意識しているのだと思う。

ちなみに自分がこの本を読み始めた大きなきっかけとして、マインドフルネスとビジネスについてのギャップというか矛盾を感じたことがある。それはあくまで自分の解釈不足なのだと思うけれど、自分はマインドフルネスを生活の一部として重要視しながらも、ビジネスに応用していこうとする際には様々なギャップを感じていて、その大きなヒントとしてこの本に出会った。この本はあくまで著者のコーチングに対する重要戦略をまとめてある本であって、マインドフルネスを推し進めた本ではないけれど、自分はこの本の中に多くのマインドフルネスの哲学を感じ、その解釈のヒントを得た

例えば本書に出てくる「未来というコンセプトを捨てる」こと。この考えは、マインドフルネスでも重要なことだと自分は思う。ただ、"未来や過去を捨てる"という表現は、誤解を生みやすい表現でもあり、あたかも歴史を垣間見ない、将来像を持たないかのような印象を与える。自分はそういった表現の解釈について毎回悩んでいた。

本書でいう「未来というコンセプトを捨てる」ことは、未来を見ないことでは決してなく、今この瞬間を大切に生きることを通じて、未来を感じ取ることの重要性を説いている。この本では前述の通り一つ一つの言葉を慎重に定義してはっきりと書かれているので、自分が迷っている哲学の解釈に対して、いくつも明確な助言をくれた。

そういう意味で、やはり自分はこの本を通して "コーチングされていた" のだと思うし、やはりこの本はコーチングの名著なのだと思う。

まとめ:「現在は真に完璧だ」という哲学

さて、まとめに入るにはあまりに早い気もするけれど、正直こういう辞書的な本は実際に読んでみないとわからないので、そろそろ切り上げようと思う。

ちなみに自分がこの本で特に印象に残っている言葉の一つが、"「現在は真に完璧だ」と心得る"、という第21番目の戦略。本書ではこのことについて、現在というのは過去の積み重ねとしての集大成だということをまず心得るべきだとしている。これは、先程の「未来というコンセプトを捨てる」と対になっている気がしていて、今を生きることを通して未来を感じ取るのと同様に、今この瞬間を一生懸命生きることを通じて過去を感じ取るということだと思う。これは、マインドフルネスにおける「今を生きる」ことの重要性ととても共通している。

自分はこの本を通じて、今を生きることについての大切さを考える機会を改めて得たし、さらにそれをビジネスに応用する数々の具体例を知ることができて、とても貴重な機会だった思う。

脚注


  1. 原題はもちろん英語のみで、これは公式の日本語訳ではなく自分が付けた訳である点に注意。